第8講 エドワード・デ・ボノの水平思考①煮詰まった時のラテラル・シンキング

『これでわかるビジネス戦略講座[2]』収録


CONTENTS

コトラーも注目する もう一つの思考法

水平(ラテラル)思考と 垂直(バーティカル)思考

進む方向自体を考える 水平思考

水平思考を実践する とっておきの技法

PMI法でPOを追求する

垂直思考と水平思考を 上手に切り替える



コトラーも注目するもう一つの思考法

「煮詰める」と「煮詰まる」──。

 両者はたった一文字違いの言葉です。ところがその意味するところは全く異なります。

 前者の煮詰めるは、「そのアイデア、もうちょっと煮詰めてよ」とか、「その案、もう少し煮詰めたら使えそうだな」などのように使います。つまり何か考えがあって、それをさらに洗練したり肉付けしたりすることが煮詰めるです。

 一方、煮詰まるは「もう煮詰まってしまってニッチもサッチも行かないよ!」のように使います。例えば、あるテーマについて徹底的に考えたのだけれど、これ以上もう良いアイデアは出ない時には、この煮詰まるを用います。

 本稿では、この煮詰まった状態を打開するための発想技法についてご紹介したいと思います。エドワード・デ・ボノの水平思考、別名ラテラル・シンキングがそれです。

 水平思考=ラテラル・シンキングの提唱者エドワード・デ・ボノは1932年にマルタ島で生まれました。専門は情報処理の心理学的研究で、古くから革新的かつ創造的な活動を促す思考手法の研究で活躍し、創造性開発の第一人者と呼ばれてきました。

 近年では、マーケティングの泰斗フィリップ・コトラーが、デ・ボノが提唱する水平思考を取り入れたラテラル・マーケティングの重要性を説いています。この一点からも、エドワード・デ・ボノの水平思考=ラテラル・シンキングの重要性が理解してもらえると思います。



水平(ラテラル)思考と垂直(バーティカル)思考

 ラテラル・シンキングがどのようなものかを把握するには、まず、思考のタイプには垂直思考と水平思考の2種類がある、という点を理解しなければなりません。

 垂直思考(バーティカル・シンキング)とは、わたしたちが日常的に用いる思考方法だと考えてください。例えばある問題があったとき、これに対する解法が見つかったとしましょう。そうした場合、わたしたちは発見したその方針に基づいて問題を解きます。つまり、一旦ある方針を決めたら、その方針に従ってものごとを分析的に検討し、常に正しい選択を探索するのが垂直思考に他なりません。

 デ・ボノは、この垂直思考の例として簡単なパズル問題をよく引き合いに出します(図表1)。図のように、ここにパズルのピースが2枚あります(①)。このピースを使って四角形を作らなければならないとします。皆さんならどうしますか。実際に考えてみてください。


図表 1 パズル問題① 

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 たぶん答えを出すのは簡単だと思います。片方を180度回転させて両ピースをひっつければ四角形が出来上がります(②)。

 次にここにもう一枚ピースが加わったとしましょう(③)。このピースも加えて四角形にしなければなりません。でもこれも難しくはありませんね。先に作った組み合わせに、新しいピースを単純にひっつければ、四角形の出来上がりです(④)。

 では、ここにさらにもう一枚ピースが加わります。これも加えて四角形にしなければなりません(⑤)。しかし、この新たに加わったピースをいろいろ回転させてみても、先に作った四角形とうまく組み合わせられません。これは困りました。

 ここで紹介したのはパズルという極めて身近な例です。とはいえ、ここで掲げた例には、現実社会と関係する極めて重要な意味があります。

 ポイントは、最初に決めた方針、そして新たに加わったピースです。

 わたしたちを取り巻く環境は常に変化しています。そしてわたしたちはその変化に適切に対応しなければなりません。①から②の四角形への状態は、無秩序から秩序を形成した状態、すなわち環境に適応した安定状態と読み取れます。

 ところが一度この安定した状態を確立すると、一般に人間はこの状態を守ろうとします。つまりこれは、基本方針に従って物事を処理する垂直思考的態度に他なりません。

 一方、③で新たにピースが登場するわけですが、これはわたしたちを取り巻く環境が変化した象徴だと考えられます。つまり新たなピースという「新たな情報」が増えたわけです。わたしたちはこれに適切に対応しなければなりません。

 その結果、④のような組み合わせを実行しました。つまり、最初に決めた方針に従いつつ新たな情報を吸収し、安定的な状態にしたわけです。これは、現実社会のわたしたちや組織が、既存の方針を守りながら、新たな情報を上手に取り込んで安定を維持する様を象徴しています。



進む方向自体を考える水平思考

 問題は⑤でさらにもう一枚加わったピースです。このピースも③と同様、環境の変化により新たに発生した情報だと考えてください。そしてこれを取り込みつつ四角形という安定状態にしなければなりません。

 しかし、過去に作成した四角形、すなわち既存の方針を前提にした垂直思考で考えていると、新たなピースをはめ込んで四角形にすることはできません。これは、過去の方針にしがみついていては、新たな環境の変化に対して、人や組織が対応しきれない様子を象徴的に示しています。

 このように既存の方針を維持しつつ、常に正しい選択をしようとする垂直思考では、環境の変化によって、安定性を保つのが困難になることがあります。これをわたしたちは一般に「煮詰まる」と呼んでいるのではないでしょうか。

 一方、垂直思考で煮詰まったら、常識として考えられていたこと、前提にされていたものをご破算にして、一から考え直すことが不可欠になります。先のパズルで言えば、ピースを一旦ばらして、もう一度方針そのものから考え直すということです。これが水平思考に他なりません。

 垂直思考では一つの方向へと分析的に進むのが特徴です。一方水平思考は、進む方向自体を多数発見することに重きを置くわけです。

 では、先のパズルに戻って考えてみましょう。この4枚のピースを一旦ばらして、図表2の⑥のように構成し直したらどうでしょう。何と平行四辺形が出来上がりました。これも四角形の一つですよね。


図表 2 パズル問題②

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 また、⑦の方向だって考えられます。4枚のピースが囲む部分は明らかに台形になっています。さらに、⑧は縦に並べたピースを真上から見たものです。これでも四角形を作れました。

 いかがでしょう。「もう煮詰まっていいアイデアが浮かばない!」。こういうときは、得てして垂直思考で考えているのではないでしょうか。

 仮にこの点に気が付いたら、従来の方針に従って分析的に考えるのではなく、その方針自体を一旦棚上げにして、新たに進む方向自体を、多数発見するように方向転換することが重要になります。すなわち、垂直思考から水平思考に切り替えることが欠かせません。

 現実の社会でも、いまのパズルと同様の状態に陥ることがあります。特に環境の変化に対して、古くさくなった組織や制度には、まさにニッチもサッチもいかない煮詰まった状態がしばしば見られます。こういう場合には、水平思考で方針自体を考え直し、それに沿って体制を再構築しなければなりません。

 これはヨーゼフ・シュンペーターが指摘した創造的破壊に他なりません。つまり水平思考はイノベーション理論にもつながる思考法だと言えるわけです。


水平思考を実践するとっておきの技法

 とはいえ、煮詰まったら水平思考に切り替えろと言われても具体的にどうすればよいのかと、誰しも疑問に思うはずです。実は水平思考を実践する技法というものがあります。ここではその基本である「PO」、さらに「PMI法」について紹介しましょう。

 まず前者のPOですが、これはデ・ボノによる造語でProvocative Operation(刺激的操作)の頭文字をとったものです。この刺激的操作とは、YESでもNOでもない状態を作り出すものと考えてください。デ・ボノは次のように語っています。

情報の処理はたいていすぐに判断が下される。その判断は二つの判決のうちいずれかだ。すなわち採用可か採用不可、肯定か否定かのいずれかである。中間コースは存在しない。図に示したようにPOはこの中間コースに導く機能をもつ。POは判断ではない。それは肯定・否定と対立するのではなく、判断の多様な可能性を示す。POは判断しないための手法でもある。

 

図表 3  POを追求する

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 ちなみに、デ・ボノが言う「図」とは図表3に示したものです。また、今のデ・ノボの引用を読んで、何か思い出されたことはありませんか。そうです、アレックス・オズボーンのブレーンストーミングです。

 ブレーンストーミングでは、良し悪しを判断しないというルールがありました。デ・ボノが述べるPOは、この良し悪しを決めないという思考法にネーミングをしたと考えてもよいでしょう。

 実際、先のパズルの場合でも、「既存の四角形を壊すのはあり得ない」と判断したままでは、いつまでたっても適切な回答は得られません。方針転換が必要です。そうした既存の方針に固守する態度をいさめるのがPOであり、水平思考であるわけです。

PMI法でPOを追求する

 では、POを追求するための、より具体的な手法について解説しましょう。その一つがPMI法です。

 これは発想したアイデアを、プラス(Plus)、マイナス(Minus)、何か気になる(Interesting)という三つの視点で検証する発想手法です。それぞれの頭文字をとってPMIというわけです。

 PMIでは、一般的な判断であるYESかNOかに、「何か気になる」を加えることで、POの生まれる余地を作り出します。特に、このアイデアは使い物にならないと思ったときに、このPMIを実行すると効果的です。手順は以下の通りです。


①PMI表作成

 紙の上に三つの縦の列を作ります。そして、個々の見出しに「プラス」「マイナス」「何か気になる」と記入します。慣れれば単にP・M・IでもOKです。


②アイデアの評価

 発想したアイデアを念頭に置きます。そして「プラス」の列にそのアイデアのプラス面を記述します。同様に「マイナス」の列にはマイナス面を記述しましょう。さらに「何か気になる」の列には、プラスにもマイナスにも分類できない意見を記述します。


③アイデアを深く理解する

 完成した表をじっくり検討します。そうすることで、アイデアの良い面、悪い面、いずれとも判断できない面を客観的に観察します(図表4)。


図表 4 PMI法

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 以上がPMI法の基本的な手順です。この手法のポイントは、PMIを書き出すことで、アイデアに対して偏見がなくなるということです。例えば最初はくだらないと思っていたアイデアにも、良い面もあれば、なんとなく興味を引かれる面もあるということがわかります。そして、以上を考察することで、次のような結論が得られるでしょう。


 ①アイデアを選択肢の一つにつけ加える

 ②十分なアイデアではないと判断して捨ててしまう

 ③別なアイデアに発展させる


 このように、PMIを活用すると、何となく嫌いという一時的な感情でアイデアを拒否することを避けられます。もちろん最終的にアイデアをボツにしたとしても、それは一定の手順を踏んで分析した結果です。感情的に判断するよりも優れた手法だと言えるでしょう。


垂直思考と水平思考を上手に切り替える


 仮に皆さんがあるマネジャーの立場にいる場合、グループのメンバーから色々なアイデアがあがってくることでしょう。マネジャーたる皆さんは、それらに対して適宜判断を加えなければなりません。

 アイデアの中には実に面白そうなもの、逆に極めてつまらなそうなものがあるはずです。これを即決で採用・不採用に振り分けるのは垂直思考に他なりません。

 そういう場合にPMIを活用してみてはどうでしょうか。最初はいまいち乗り気のしなかったアイデアが、実に斬新なものに生まれ変わることがあるはずです。逆に、当初は面白そうだったアイデアが、実は問題だらけだったということもあり得るでしょう。あるいは他のアイデアと組み合わせることで、斬新なアイデアに生まれ変わることも考えられます。

 少なくとも、メンバーのアイデアをすぐ握りつぶすのではなく、5分間だけPMIで考えてみてください。アイデアの発想ばかりか、感情で物事を判断しない人と、メンバーからの信頼が高まる効果も期待できます。

 また、PMIの活用以前に、新たなアイデアが出ずに煮詰まった場合、頭のモードを垂直思考から水平思考に切り替えるクセ、すなわち既存の方針自体を疑ってかかるクセをつけたいものです。

 そして、ブレーンストーミングや独りブレーンストーミング、さらにはNo.020で紹介したオズボーンのチェックリスト法などを活用して、新たに進むべき道(新たな方針)をいくつも発想するよう努めます。その上で、PMIを使ってアイデアを検証することをお勧めしたいと思います。

 ということで、「煮詰まった」と思ったら水平思考──。宣伝文句ではないですが、これが本稿の結論です。




参考文献

Edward de Bono『Lateral Thinking』(1990、 Harper Perennial)

エドワード・デ・ボーノ著 川本英明訳 『会議が変わる6つの帽子』(2003年、翔泳社)

フィリップ・コトラー、フェルナンド・トリアス・デ・ベス著 監訳・恩藏直人/訳・大川修二訳『コトラーのマーケティング思考法』(2004年、東洋経済新報社)

マイケル・マハルコ著、花田知恵訳『すばらしい思考法』(2005年、PHP研究所)

中野明『今日から即使えるビジネス発想法50』(2007年、朝日新聞出版)



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